遺族の悲しみ

 2014年7月13日、小樽市銭函の市道で海水浴帰りの女性4人がひき逃げされ、3人が死亡、一人が重傷を負った小樽ドリームビーチ飲酒ひき逃げ事件で、最高裁は今年4月20日、海津被告の上告を棄却しました。これで事故の原因を「飲酒の影響だ」とした1・2審判決が確定しました。事件の発生から3年近くが経過し、遺族らの長い裁判はやっと終了しました。

 私は被害者家族の代理人として裁判に関わり、つぶさに遺族らの苦悩の日々を目の当たりにしてきました。ご存じと思いますが、この事件は過失運転致死傷罪で起訴された後、これに納得がいかない遺族らが訴因変更を求めて署名活動を展開し、ついに危険運転致死傷罪に訴因が変更され、裁判が開始されるという異例の経過を辿りました。署名は最終的には約7万8000人に上りました。飲酒運転事故に対する市民の関心の高さと、このような危険な運転は厳しく罰するべきだとする市民の常識的な感覚の表れです。

 遺族らは自分たちの運動を契機に訴因が変更され、裁判所が危険運転致死傷罪の成立を認め、被告に対して懲役22年の刑が下されたことに安堵はするもの、心の時間はあの3年前の夏の日で止まったままです。

私は上告棄却の連絡を最高裁事務局から受け、ただちに遺族に伝えましたが遺族の声にまったく力がありません。遺影が置かれた仏壇の前で静かに事件を振り返り、親として娘にやってあげられることが終わり安心するとともに、前にも増して娘さんを愛おしく、寂しさに身を震わせている様子が伺えました。

 海津被告は上告棄却を受けて、「これからも、これまで同様心からの償いをしたい。長い裁判にしてしまい、被害者の家族に心労をかけて申し訳ない」とのコメントを出しました。裁判で海津被告は、事件の原因は酒の影響によるものではなく、単にスマホを見ていたわき見が原因と主張しました。しかし、事件は時速50キロから60キロもの速度のまま、背後から女性4人を跳ね飛ばし、3人が即死、1人がひん死の重傷を負ったという惨たらしいものです。仮に過失運転だと主張するにも、3人もの命が一瞬に失われたという極めて重大な結果について、海津被告はどう受け止めたのでしょうか。法廷での供述の内容や、態度などを見ますと、私は海津被告が亡くなった被害者の命の尊さや、遺族の苦しみや悲しみをどの程度分かっていたのか疑問に思います。遺族は法廷で被告の取るに足りない弁解を何度も聞かされております。いつか被告が事件と真正面から向かい合うときが来ることを祈ります。ちなみに、先に成立した北海道飲酒運転根絶条例では、小樽事件が発生した7月13日を「飲酒運転根絶の日」とし、飲酒運転をしない道民の誓いの日としました。

 

 2015年6月6日深夜、砂川市内の国道交差点で時速100キロを超える飲酒運転の車が、折から左道路から信号に従い進入してきた車に激突し、一家4人が死亡、一人が重傷を負う砂川事件が発生しました。1審では激突した車を運転していた谷越被告と、谷越車とほぼ同速度で追従していた古味被告の危険運転致死傷罪の共謀を認定し、ともに懲役23年の判決を下しました。控訴審は今年4月14日、被告両名の控訴を棄却。谷越被告は上告せず懲役23年の刑が確定しております。

 私は死亡した被害者(妻)の母親にあたる一人暮らしの高齢の祖母の代理人として裁判に関わりましたが、遺族の苦しみに胸が詰まる思いでした、被害者は祖母の一人娘です。娘家族は毎日のように祖母宅に遊びにきており、3人の孫たちは祖母を慕い、トイレ掃除や洗濯、食事の世話までもしておりました。事件の夜も直前まで祖母宅で遊んでいました。祖母の生きがいであった娘家族は、一人命を取り留めた次女を残して、皆一瞬にして亡くなりました。法廷で最後の気力をしぼり、涙ながらに懸命に意見陳述する祖母の姿を、被告らはどう見ていたのでしょうか。

 谷越被告は上告を断念した理由について「遺族らの気持ちを考え、1日も早く刑に服するのが今の自分が出来ることと考えた」と伝えられています。しかし、法廷では信号を見落とした理由について、客観的な事実関係から想定ができない弁解を繰り返していたのです。事実関係と真摯に向き合う勇気と、法廷での遺族の気持ちを心から酌んだ言葉が欲しかったと思います。

 

 危険運転致死傷罪は、現在は2014年に新設された自動車運転処罰法の中に定められています。ここでは特に危険な運転と考えられる6つの行為を定めています。小樽事件では「アルコールや薬の影響で正常運転が困難な状態で走行する行為」が認定され、砂川事件では「赤信号をことさら無視し、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為」が認定されまた。この他の類型としては、「進行が制御することが困難な高速走行」、「進行を制御する技能のない走行」、「人または車の通行を妨害する目的で、走行中の車の直前に侵入し、また人や車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為」(暴走族の暴走行為など)、「逆走運転などで重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為」です。

 砂川事件の類型で、他車同士の共謀が認められたのはおそらく全国で初めてであり、懲役23年という量刑も最も重い裁判と思います。

 

 小樽事件と砂川事件の裁判を通じて、私は危険運転致死傷罪の問題点もいくつか浮き彫りになったと考えています。

その一つが、危険運転致死傷罪の法定刑が現状のままでいいのかという問題です。現在の法定刑ですが、人を死亡させた場合は1年以上20年以下の懲役です。小樽事件ではひき逃げ(道路交通法違反・懲役10年)があり、上限が懲役30年のところ、判決は懲役22年(求刑22年)でした。砂川事件の谷越被告の場合は、飲酒運転(道路交通法違反・懲役3年)が加わり、上限が懲役23年のところ、判決は懲役23年(求刑23年)でした。

 つまり、いずれも検察官の求刑どおりの判決が言い渡されてされています。小樽事件では上限が懲役30年でしたが、事件後に自ら警察に電話するなどひき逃げ行為の態様の評価と、当時は懲役20年を超える判決例がめずらしかったことから検察官は懲役22年を求刑したと考えられますが、仮に懲役24年を求刑していたら、そのまま懲役24年の判決が出た可能性もあります。谷越被告の場合は、そもそも検察官は上限の懲役23年を求刑しています。

 危険運転致死傷罪は、故意犯です。ですから裁判員裁判となります。一般事件で故意に3人を殺したらほぼ死刑です。小樽事件では3人が死亡しましたが懲役22年、砂川事件では4人が死亡しましたが懲役23年でした。現状のままでは危険運転致死傷罪で何人を死亡させようが懲役20年が上限ということになります。これでは小樽や砂川事件のように量刑が軽いと評価されるケースがでてきます。そこで、法定刑を「死刑又は無期、もしくは1年以上の懲役」と改正すべきと考えます。ちなみに、殺人罪の法定刑は「死刑又は無期、もしくは5年以上の懲役」です。法定刑を重くすることで危険運転致死傷罪事件が少しでも減ることを期待します。

 

重大事件では新聞やテレビで内容が詳しく報道されますが、是非、遺族の悲しみを自分のものとして共有していただき、車による事件が起きない安心して暮らせる社会を目指したいですね。

                       (平成29年5月)

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